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東京地方裁判所 昭和40年(ワ)7108号 判決 1967年4月24日

原告

大木義久こと

尹斗生

(ほか五名)

右原告ら訴訟代理人

坂根徳博

被告

西松建設株式会社

右代表取締役

西松三好

右訴訟代理人

樋口俊二

松石献治

被告

池田周司

右訴訟代理人

猪股喜蔵

主文

1  被告らは各自、原告尹斗生に対し金四五〇、〇〇〇円、およびうち金四一〇、〇〇〇円に対する、その余の原告ら各々に対し金四一〇、〇〇〇円およびうち金三七〇、〇〇〇円に対する昭和三八年四月一日から各完済に至るまで、年五分の割合による金員を支払え。

2  原告らのその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを三分し、その二を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。

4  この判決の原告ら勝訴の部分は仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告ら「被告らは、各自、原告尹斗生(以下原告尹という。)に対し金七九〇、〇〇〇円およびうち金七一〇、〇〇〇円に対する、その余の原告ら各々に対し金九八〇、〇〇〇円およびうち金八六〇、〇〇〇円に対する昭和三八年四月一日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え」との判決ならびに仮執行の宣言。

二、被告ら。「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決。

第二、原告らの請求原因

一、事故の発生

昭和三七年九月五日午前一一時三〇分頃、東京都江戸川区東小松川三丁目二、六〇三番地先道路上において、訴外立原時彦(以下立原という。)の運転する大型貨物自動車一は七一五八号(以下被告車という。)と大木豊(以下被害者という。)とが接触し、このため被害者は頭蓋内損傷等の傷害を受けて、同日午後一時二七分死亡するに至つた。(以下この事故を本件事故という。)

二、被告池田周司の地位

被告池田周司(以下被告池田という。)は被告車を東京いすず自動車株式会社から所有権留保附月賦売買契約により買い受けて引き渡しを受けたうえ、いずれも同被告が経営の実権を握つている司土建工業株式会社(以下司土建工業という。)司重機株式会社(以下司重機という。)および他の会社に貸与してそれらの営業のため使用させていた。よつて同被告は被告車を自己のために運行の用に供していた者というべく、その運行によつて発生した本件事故に基づく後記損害を賠償する責任がある。

三、被告西松建設株式会社の地位

被告西松建設株式会社(以下被告西松という。)は当時帝都高速度交通営団から東京都港区神谷町地区の地下鉄建設工事を請負い土砂掘削を行つていたが、これに伴い残土の廃棄処理を必要とし、この残土運搬作業を司土建工業あるいはは司重機あるいは他の会社に下請させ、または他の会社に下請させてその会社から更に司土建工業あるいは司重機に再下請させていた。そして被告車は右の残土運搬を下請または再下請した司土建工業、司重機または他の会社が右運搬作業のために使用していたもので、立原は右下請または再下請会社の被傭運転手として右残土運搬のため被告車を運転中本件事故を惹起したものである。

ところで右残土運搬作業は地下鉄建設工事には不可欠かつ中心的な作業の一つであり、被告西松としては必ず右作業を担当する貨物自動車持ち込みの下請業者を必要とし、これを利用することにより営業利益をあげていたものであり、また被告西松と下請業者との力関係から下請業者の作業は専ら被告西松の支配監督の下になされ、被告西松は現場監督員を配して下請業者の従業員および被告車を含む残土運搬用の貨物自動車の運行について直接間接に支配を及ぼしていたものである。以上のとおり被告西松は被告車につき運行利益および運行支配を有していたものであるから、本件事故当時被告車を自己のために運行の用に供していた者として、その運行によつて発生した本件事故に基づく後記損害を賠償する責任がある。

四、損害

(一)  被害者の得べかりし利益の喪失

被害者は昭和二三年一〇月一二日生れ、事故当時満一三才で中学二年に在学中の健康な男子であつたが、厚生省発表の第一〇回生命表による同年令の男子の平均余命は五五年以上であるから、被害者は本件事故に遭わなければ昭和三九年三月には中学を卒業し、同年四月一日から五四才の昭和七八年三月三一日までの三九年間にわたり東京都内の事業所に就職して給与と賞与とを受けるはずであつた。そしてその給与月額は、昭和三九年四月一日に始まる初年度は金一〇、〇〇〇円を下らず、また毎年昇給があつて、昇給額は一六才から四五才までの間は毎年金一、〇〇〇円宛、その後は毎年金八〇〇円宛を下らず、賞与は、右初年度につき同年一二月に一回、その後は毎年七月と一二月の年二回宛各給与月額の一月分を下らない額が支給されるはずであつた。

一方被害者は右就職までの生活費として昭和三九年三月までは毎月金一二、〇〇〇円を費消するはずであり、就職後の右収入を得るに必要な生活費は昭和五〇年三月(二六才)までは収入の八割、その後昭和五五年三月(三一才)までは収入の七割、その後は月収が金四〇、〇〇〇円未満の月は月額金一六、〇〇〇円、月収(賞与のある月はそれを含めて)が金四〇、〇〇〇円以上の月は金四〇、〇〇〇円以上の部分については金一〇、〇〇〇円に達するまで毎に右金一六、〇〇〇円に金二、〇〇〇円を加算した額をもつて各相当というべきである。右により計算した月収を年毎に合算した年収(別紙計算表⑥欄)から生活費月額を年毎に合算した年間生活費(一、〇〇〇円未満切上げ、同表⑦欄)を差し引いた額(同表⑧欄)が、被害者が将来得べかりし年毎の純益であり、被害者は本件事故により右稼働期間にわたつてこれを失つたものというべく、これら、年純益から年毎にホフマン式計算方法により昭和三九年三月三一日を基準日として年五分の割合による中間利息を控除して(一、〇〇〇円未満切捨、同表⑪欄)、右稼働期間にわたり合算し、さらに収入のない期間については、右により計算した年間生活費につきこれが前年度の末日に一括支出されるものとして右基準日までの年五分の割合による利息を加算し(一、〇〇〇円未満切上げ、同表⑪欄)、これを右純益の合算額から控除し、もつて被害者が本件事故により失つた得べかりし利益の右基準日における一時払額を求めると、別紙計算表のとおり金三、一一〇、〇〇〇円(一〇、〇〇〇円未満切捨)となり、被害者は本件事故により被告らに対し同額の損害賠償請求権を取得した。

(二)  被害者の慰藉料

被害者が、本件事故に基づき生命を失つたことにより蒙つた精神的苦痛は、これを金銭をもつて償うには金一、二〇〇、〇〇〇円の支払を受けることをもつて相当というべきものである。

(三)  相続

原告大木寿実男、同英美、同賀寿義、同尚、同美子は、いずれも被害者の兄姉として、被害者の死亡により被害者の有する権利を各五分の一宛の相続分をもつて相続により承継したから、同原告らは右の被害者の請求権合算額の五分の一である各金八六〇、〇〇〇円(一〇、〇〇〇円未満切捨)宛の請求権を取得した。

(四)  原告尹の慰藉料

被害者は原告尹と亡大木記代との間に生れた者であつて、原告尹は被害者の事実上の父親として事故当時まで被害者を養育してきたものである。よつて本件事故により被害者が不測の死亡をとげたことによる同原告の精神的苦痛は甚大であつて、これを金銭をもつて償うためには、同原告において金一、〇〇〇、〇〇〇円の支払いを受けるのが相当である。

ところで同原告は、本件事故に基づき被告池田から既に金二九〇、〇〇〇円の支払いを受けたから、これを同原告の右慰藉料請求権から差し引き、残額金七一〇、〇〇〇円を被告らに請求する。

(五)  弁護士費用

以上により原告らは被告ら各自に対し原告尹において金七一〇、〇〇〇円、その余の原告ら各々において金八六〇、〇〇〇円の各損害賠償請求権を有するところ、被告らが任意にこれを弁済しないので、その請求のため昭和四〇年七月一二日東京弁護士会所属弁護士坂根徳博に対し訴訟提起を委任し、同弁護士報酬規定の報酬額の標準中最低料率による手数料および謝金を第一審裁判言渡日に支払う旨約した。右規定による原告らの右請求権の合算額金五、〇一〇、〇〇〇円に対応する手数料および謝金の最低料率は各七分であるから、これにより計算すると原告尹は手数料、謝金各金四〇、〇〇〇円(一〇、〇〇〇円未満切捨)の合計金八〇、〇〇〇円、その余の原告らは手数料、謝金各金六〇、〇〇〇円(一万円未満切捨)の合計金一二〇、〇〇〇円の各債務を、同弁護士に対し負担したものであり、これも本件事故に基づく原告らの損害というべきである。

五、以上のとおりであるから、被告らは各自、原告尹に対し右の合計金七九〇、〇〇〇円、その余の原告ら各々に対し右(四)(五)の合計金九八〇、〇〇〇円およびこれら金員のうち右(三)(五)の損害を除く原告尹に対する金七一〇、〇〇〇円、その余の原告ら各々に対する金八六〇、〇〇〇円につき、その損害発生の後である昭和三八年四月一日から各完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

第三、請求原因に対する被告西松の答弁

一、請求原因第一項の事実は不知。

二、同第三項の事実中、被告西松が当時帝都高速度交通営団から東京都港区神谷町地区の地下鉄建設工事を請負い土砂の掘削をなし、その残土運搬作業の一部を司重機に下請させていたことは認めるが、その余は全て不知または否認する。右残土運搬作業につき被告西松と下請契約を締結していたのは訴外神田土建株式会社のほか株式会社司組(以下司組という。)と司重機のみであつて、司土建工業その他の業者とは契約していない。また仮に立原が司重機または司組と雇傭関係にあり、これに基づき残土運搬下請作業に従事中本件事故を惹起したものとしても、被告西松は右下請業者の従業員およびその使用する貨物自動車の運行については何ら監督、支配すべき立場にはなく、またしていなかつたものであり、しかも本件事故当時は残土の搬出先について被告西松が特に指定しないいわゆる自由処分となつており、立原が本件事故を惹起したとき残土運搬中であつたといつても、その場所は被告西松の全く予期しない方面であつた。右のとおり被告西松はもともと被告車の運行については、なんら利益を有せず、また支配を及ぼしてもいなかつた。

三、同第四項の事実中、原告尹が本件事故に基づき被告池田から既に金二九〇、〇〇〇円を受領したことは認めるが、その余は全て不知ないし争う。

第四、請求原因に対する被告池田の答弁

一、請求原因第一項の事実は認める。

二、同第二項の事実中、被告池田が買主名義人となつて東京いすゞ自動車株式会社との間に被告車につき所有権留保附月賦売買契約が締結されたこと、被告車を司土建工業が使用していたことおよび当時被告池田が司土建工業の代表取締役であつたことは認めるが、その余は争う。

三、同第四項の事実中、原告尹が被害者の事実上の父であること、東京弁護士会の報酬規定の内容が原告ら主張のとおりであることおよび原告尹が本件事故に基づき被告池田から既に金二九〇、〇〇〇円を受領したことは認め、その余は全て不知。

第五、被告らの抗弁

一、被告池田の地位(被告池田のみ)

前記のとおり被告池田が買主名義人となつて被告車の売買契約が締結されたのは、同被告が代表取締役をしていた司土建工業が東京いすゞ自動車株式会社から被告車を購入するに当り、便宜上したものにすぎず、実質上は司土建工業が買主として被告車の使用権を取得し、以後専らその計算において被告車の運行および利用をしていたものである。従つて被告車の運行および運行支配は全て司土建工業に属し、被告池田はこれを有しなかつたから、同被告は当時被告車を自己のために運行の用に供するものではなかつた。

二、和解契約の成立

仮に被告らに本件事故に基づく損害賠償義務が発生したとしても、昭和三八年五月二六日原告尹、同大木賀寿義(他の原告らとの関係においてはその代理人として)と被告池田との間に、本件事故に基づく一切の損害賠償として、同被告は強制保険(自動車損害賠償保障法に基づく責任保険)および任意保険に基づき保険会社から支払われるべき保険金を原告らに支払うほか、金五〇〇、〇〇〇円を、同年六月三日に当時までにすでに支払済の見舞金五〇、〇〇〇円を含めて計金一二〇、〇〇〇円、その余は同年六月から完済に至るまで毎月末日限り金三〇、〇〇〇円宛支払う、原告らは、それ以上の請求をしないこととする和解契約が成立した。よつて原告の被告らに対する本件事故に基づく損害賠償請求権は、右和解契約に基づくもののほか消滅し、被告池田は右契約に基づき同年六月三日金一二〇、〇〇〇円、同月二八日金三〇、〇〇〇円、同年九月一三日金三〇、〇〇〇円、昭和三九年九月二四日金二〇、〇〇〇円、同年一二月二日金六〇、〇〇〇円、昭和四〇年四月一二日金三〇、〇〇〇円の合計金二九〇、〇〇〇円を原告尹に対して支払い、また強制保険による保険金をもつて支払うべきものについては、右契約に則り、被告池田、原告大木英美(他の原告らとの関係ではその代理人として)および保険代理店の訴外中山武雄との間で、中山が加害者請求の形式で保険会社から保険金を受領しこれを原告大木英美に交付する旨の約束がまとまり、これに基づき中山は千代田火災海上保険株式会社から強制保険による保険金五〇〇、〇〇〇円を受領してこれを同原告に弁済の提供をしたところ、同原告が受領を拒絶した(仮に提供の事実が認められないとしても、同原告の受領拒絶は明白であつた)ので、昭和四〇年一二月二七日同原告を還付請求権者として右金員を東京法務局に供託し、これによつて右和解契約に基づく被告池田の強制保険による保険金をもつて支払うべき債務は消滅した。

よつて被告池田は右契約に基づく債務のうち右弁済および供託により消滅したものを除く残額についての支払義務があるのにすぎず、また被告西松の原告らに対する債務も右の限度で消滅した。

三、過失相殺

以上の被告らの主張がいずれも理由がないとしても、本件事故につき被害者にも次のような過失がある。即ち、被害者は自転車に乗つて本件事故現場の道路左寄りを北から南へ進行していたところ、後方から同方向に向い道路中央を進行ししてやがて右自転車を追い抜こうとする態勢にあつた被告車を発見したのであるが、このような場合自転車運転者としては、高速車両である被告車に対し道路左端に寄つて進路を譲らねばならず、しかも右自転車の進路である道路前方左側部分には自転車の進行の障害となる路面破損個所があつたのであるから、被告車の進行状況と右破損個所との関連から、自転車と被告車との接触の危険の有無を的確に判断し、その危険があるときはその破損個所の手前で一旦停止して被告車の追い抜きを待つべきであつたところ、被害者は被告車を発見した後一旦足をついて停車しながら、右のような注意を怠り被告車の追い抜きを待つことなく発進したため、被告車前部が自転車と並行する頃に右破損個所に自転車を乗り入れ、このため自転車の平衡を失つて自ら被告車の左側ドア附近に倒れかかつて転倒し、よつて本件事故に至つたものである。

たとえ立原にも過失があつたとしても、被害者の過失はより重大なものというべく、被告らが賠償すべき額の算定に当つては被害者の右過失を斟酌して相当額の減額がなされるべきである。

第六、抗弁に対する原告らの答弁

一、抗弁第一項の事実は争う。

二、同第二項の事実中、被告ら主張のような和解契約が成立したことは否認する。被告池田と原告らとの間に和解の交渉はあつたが、結局和解が成立するには至らなかつたものである。同被告が原告尹に対し被告ら主張のとおりの金員を支払つたことは認める。訴外中山が千代田火災海上保険株式会社から強制保険による保険金五〇〇、〇〇〇円を受領し、これを昭和四〇年一二月二七日原告大木英美を還付請求権者として東京法務局に供託したことは認めるが、原告大木英美が中山に右保険金の請求手続を委任したことはなく、中山からの提供もない。また右保険金は、中山が、被告車の登録番号は「一は七、一五八」であるのに本件事故を「一は七、一五三」の車両により惹起されたものとして保険金の支払請求手続をとり、もつて右保険会社から詐取したものであるから、右供託によつて債務消滅の効果は生じない。

三、同第三項の事実は否認する。

第七、原告らの再抗弁

仮に被告ら主張のように本件事故に基づく損害賠償につき被告池田と原告らとの間に和解契約が成立したと認められたとしても、その契約は被告車を対象とする強制および任意保険契約が有効に存在することを前提とし、このことは右契約の要素であつたというべきところ、被告車を対象とする強制および任意保険契約は実はいずれも本件事故当時において既に解約されていたのに原告らは右解約を知らず、契約は有効に存続しているものと誤信して和解契約をした。従つてこの点に関し原告らには素要の錯誤があつたものであるから、右契約は無効である。

第八、再抗弁に対する被告らの答弁

否認する。

第九、証拠<略>

理由

一、事故の発生

<証拠>によると、請求原因第一項の事実を認めることができる。(原告らと被告池田との間には争いがない。)

二、被告池田の地位

請求原因第二項の事実中、被告池田が買主名義人となつて東京いすゞ自動車株式会社との間に被告車につき所有権留保附月賦売買契約が締結されたことおよび被告司土建工業が被告車を使用していたことは当事者間に争いがない。

そこで被告池田の抗弁一につき判断するのに、成立に争いのない甲第二一号証証人井上忠雄同立原時彦の各証言および被告池田本人尋問の結果によると、被告池田が司土建工業の営業のために使用すべく買主名義人となつて購入した車両は被告車のみならず数台にのぼつているが、もともと司土建工業は資本金二、〇〇〇、〇〇〇円の小規模な会社で、同被告は当時その代表取締役であつたのみならず、その業務の執行監督について中核となつて活動してきた者であつて、同被告と司土建工業との間とは極めて密接な関係があつたこと(会社名の司というのも被告池田の名の周司の司をとつたものである。)が認められ、右事実に前示争いのない事実とを併せ考えると、被告池田は司土建工業が被告車を購入するに当り単に買主名義を貸したのにとどまるものとは認め難いので、被告池田はむしろ実質的にも被告車の買主として、その使用権を取得した上で、これを司土建工業に貸与して使用させていたものとみるのが相当である。(なお次項に認定するとおり、被告車は同時もしくは相前後した時期に司土建株式会社、司重機の営業にも使用されていたが、これらの会社も右のとおり被告車の使用権限を有する司土建工業と営業上一体の関係においてこれを使用していものであり、決して司土建工業と独自の立場でこれを使用していたものではない。)従つて被告車を右のような密接な関係にある司土建工業およびそれと営業上一体の関係にある右諸会社に貸与して使用させることによつて、被告池田の被告車に対して有する所有権留保附買主としての運行利益をふくめた運行支配が失われたものとはとうてい肯認し難い。

よつて同被告は当時被告車を自己のために運行の用に供する者であつたといわなければならない。

三、被告西松の地位

請求原因第三項の事実中、被告西松が当時帝都高速度交通営団から東京都港区神谷町地区の地下鉄建設工事を請負い土砂掘削を行つており、その残土運搬作業を司重機に下請させていたことは当事者間に争いがない。

そして<証拠>によると、被告西松は右地下鉄工事に伴う残土の運搬処理につき、司重機を下請人として下請契約を締結したこと、この司重機の設立の経過は、まず昭和三六年三月に残土運搬等を目的として司土建工業が設立され(同年四月被告池田がその代表取締役に就任)たが、昭和三七年四月に右会社が経営不振になり不渡手形を出したためこれと実体は同一の司土建株式会社(以下司土建という。)が設立され(代表者は被告池田の妻池田容子)、その後同年七月に右両会社の重機部門を独立させかつ横浜地区に事業地域を拡張するため、総合建設、設計管理請負等を目的として司重機が設立され(なお更に右の業務を東京方面で行う便宜上本件事故後の同年一〇月には司重機とほぼ実体を同じくする司組が設立された。その関係でか、被告西松との下請負契約書は司重機の分と司組の分との二通が存する。)たものであること、右司土建工業、司土建、司重機の三会社(以下司三社という。)は形式上は各別個独立の会社組織となつていたけれども、従業員も共通で実際の営業の上においてはそれらの間に明確な差別はなく、現に右地下鉄工事の残土運搬作業につき主たる現場作業監督としてこれに従事していた井上忠雄が司三社のどの会社の従業員として右監督に当つていたのか、本件事故を惹起した立原がどの会社の従業員として雇傭された者か、(これらの点につき証人〔ら〕の供述は必ずしも明瞭でなく、しかもそれらの間に明らかな齟齬が認められる。)また被告車についても一応車体には司土建の表示があつたもののどの会社が使用権を有し、どの事業に使用さるべきものかなどは会社関係者および従業員自身にも明確に認識されていなかつたことが認められ、これによれば、司三社は形式上別会社であるものの実際の工事の施行、物的人的施設の指揮監督ならびに使用関係等についてはその間に明確な区別はなく、事実上三社が一体となつて建設、残土運搬等の請負業務を遂行していたものであつて、被告西松から下請した右地下鉄工事の残土運搬作業についても、契約書面上は右のとおり司重機が下請負人となつていたものの、実質は司三社が一体となつてこの作業に当つていたものとみるべく、一方右各証拠によれば、被告西松においても右の点について特にせんさくすることもなく、被告車の車体には司土建なる表示が大書され、しかも被告車は継続的に右下請作業に使用されていたのにこれに対し特に疑いをさしはさむなどのこともなく、右のような司三社の作業状況を黙認していたものと認められるから、結局本件事故当時立原は被告西松から右残土運搬作業を下請した司重機もしくは司三社の被傭者として被告車を運転して右作業に従事していたことに帰するものである。

次に右各証拠によると、被告西松は建設業を目的とする資本金二、〇八〇、〇〇〇、〇〇〇円を擁する大規模な会社であるに対し、司土建工業、司重機は各金二、〇〇〇、〇〇〇円、司土建は金五〇〇、〇〇〇円の各資本金を擁するのみであり、しかも前示のとおり会社の実体は事実上一つであるのに転々と会社名義を変更するなどきわめて安定性に乏しい小規模な会社であるところ、司三社の業務内容は、まず司土建工業設立当初は被告西松からの下請を主としていた佐藤土建の再下請の仕事を多く行つていたが、昭和三六年九月末に右佐藤土建が倒産するに及び、直接被告西松の下請業者となり右設立以来本件事故当時まで司三社の仕事量のうち約七割は松告西松から下請したものであり、特に神谷町地区の地下鉄工事の残土運搬を下請した後の本件事故当時はその割合は略九割にのぼつており、事実上司三社の営業の興亡はその設立当初から被告西松に大きく依存してきたものであること、被告西松は右のような会社規模上および元請人と下請人との関係における下請人に対する優越的立場から、その下請負契約に際しても、前出甲第一九、第二〇号証(丙第一、第二号証)の第七条、(法令違反の責任)第九条、(労務書類の呈示)第一一条、(工事中止)第一六条(安全の確保)等に監督的規定を設けて下請人の業務遂行を規制していたこと、右残土運搬のための配車は、日毎に被告西松から司重機ないし司三社の担当者に対してなされるその日の仕事量、配車台数についての連絡に基づいてなされ、司重機ないし司三社の従業員に対する業務上の直接の指示は残土搬出現場に常駐する司重機ないし司三社の現場監督担当者がこれを行なうが、被告西松も残土搬出現場に管理主任を常駐させて、作業遂行上の必要な注意、指示は右管理主任から現場監督担当者に対して適宜行つていたこと、残土の運搬処分方法として、被告西松が残土の捨て場を指定するいわゆる指定処分と、下請人が自由に捨て場を選択するいわゆる自由処分とがあるが、本件下請作業に当つては被告西松の指示により、そのいずれかが指定され、本件事故時の被告事による残土運搬は右の自由処分に当つていたことを認めることができ、右認定を左右する証拠はない。

以上の事実に加えて、公知の事実である、被告西松のような大手の建設業者が、受注量の変化に順応しうるように、工事に必要な全人的物的施設を企業内に包摂することをせず、工事の多くの部門を小理模な下請業者の人的物的施設に依存し、これを適宜利用することによつて、企業の合理化をはかり、営業利益を確保している産業構造を併せ考えるならば、被告西松としては、右のような従属的地位にある小規模な下請業者たる司重機ないし司三社の従業員による残土運搬業務の執行については、それが指定処分である場合はもちろん、自由処分の場合であつても(前記のとおり自由処分も結局被告西松の指示により決定されるものにほかならない。)、これを直接または間接に指揮監督しうべき立場にあつたものというべきである。そうすればこの下請作業に使用されていた被告車についても、それがその下請作業の執行として右従業員により運行されている範囲内においては、被告西松はその運行による利益を有し、運行に対する支配を保有していたものとみるべきである。

自動車損害賠償保障法第三条に包含される自動車の運行に関する危険責任と報償責任の趣旨を考えるときは、大企業たる建設業者が、資力も不充分で企業の安定性にも乏しく、従つてまた通常その有する物的人的施設に対する管理、監督の機構も充分でないことの多い下請業者を常用することにより利益を確保しつつ、その下請業務遂行(就中危険性の大きい貨物自動車の運行)につき加えた外部に対する損害の負担を下請業者の資力の不足に原因する被害者らの負担において免れるということは、自動車事故による損害の社会的分配と大企業の社会的責任の見地からも、これを肯認することはできないというべきであり、元請業者と下請業者との間の損害の分配は、別に内部関係としてその両者間で処理されれば足りることがらである。

そして<証拠>によると、立原は、被告西松から残土運搬作業を下請した司重機ないし司三社の従業員として、右残土運搬のため被告車を運転中本件事故を惹起したものであることが認められるから、本件事故当時、被告西松は被告車を自己のために運行の用に供していたものというべきである。もつとも<証拠>によると、立原による被告車の右運転は、併わせて司土建ないし司三社が訴外野口建設から請負つた埋立工事の業務の執行としてでもあつたことが認められるが、このために被告西松の被告車の運行に対する支配が排除されるものでないことは前示の趣旨に照らしもちろんである。

四、和解契約の成立および錯誤

<証拠>によると、昭和三八年五月二六日原告尹、および同大木賀寿義(他の原告らとの関係においてはその代理人として)と被告池田との間に、本件事故に基づく一切の損害賠償として、同被告は原告らに対し、強制保険および任意保険に基づき保険会社から支払われるべき保険金を支払うほか、金五〇〇、〇〇〇円を同年六月三日に当時までに支払済の見舞金五〇、〇〇〇円を含めて金一二〇、〇〇〇円、その余は同年六月から完済に至るまで毎月二八日限り金三〇、〇〇〇円宛支払うこととする和解契約が成立したことを認めることができ、原告尹本人尋問の結果の一部も右認定を左右せず、他に右認定に反する証拠はない。

<証拠>によると、被告車につき司土建と同和火災海上保険株式会社との間に保険金額金一、〇〇〇、〇〇〇円の対人責任保険任意保険契約が締結されていたが、本件事故前である昭和三七年九月一日付で右契約は廃車の理由により解約されたものと認められ、これに反する証拠はなく、また<証拠>によると、千代田火災海上保険株式会社との間に締結されていた強制保険については、被告池田および原告らからその加害者請求手続をとるべく委任された訴外中山武雄は、右保険会社から本件事故に基づき保険金の支払いを受けるため、本件事故を惹起した車両の登録番号を被告車の登録番号「一は七、一五八」と異る「一は七、一五三」として保険金支払請求書その他必要書類を作成し、昭和四〇年二月五日これを右保険会社に提出したうえ、同保険金五〇〇、〇〇〇円の支払いを受けたこと、右のように車両番号の異る支払請求の所要書類を作成したことに関し、右中山は公文書偽造等の疑いで警視庁の捜査を受けていることが認められ、右事実に、前認定のとおり被告車についての任意保険契約が本件事故前に廃車の理由で解約になつていた事実を併せ考えると、被告車を対象とする強制保険についても、右和解契約成立の当時において既に何らかの理由で保険金の支払いを受けられない状態に至つていたものと推認するのほかはない。よつて右和解契約成立当時、和解契約に表示された強制、任意両保険による保険金は既に支払いを受けられない状態にあつたものであるところ、原告尹本人尋問の結果によると同原告および原告大木賀寿義は、右両保険契約が有効に存在し従つてその保険金の支払いを受けられることを前提として右和解契約を締給したものであることが明らかであるから、右両原告にはこの点につき錯誤があつたものといわなければならない。

そこで右の錯誤が民法第九五条所定の法律行為の要素の錯誤に当るか否かにつき考えるに、<証拠>によると、右の強制、任意両保険特に任意保険については契約保険金額のうちいくらの支払いを受けられるかは右和解契約当事者間で確定はしていなかつたと認められるから、右両保険による保険金の支払いが受けられない場合には、被告池田において契約保険金全額に相当する金員を原告らに支払う趣旨であつたとは解せられないし、一方原告らとしても、同被告の当時の資力に鑑みれば、右保険による保険金の支払いが受けられない場合においては、保険金額と同額の金員を同被告に請求できる(その場合は長期分割払いとなることが必定であろう。)ということで満足する趣旨であつたとは認め難いところである。また右両保険による保険金が全く支払われない場合に、原告らが被告池田から金五〇〇、〇〇〇円の支払いを受けるだけで満足すべきものとの趣旨に解せられないことはいうまでもない。

してみると右和解契約はこれを客観的に観察しても、右両保険契約の有効な存続を前提とし、この前提は、もしそれがなければ何人も右のような和解契約を締結することはなかつたであろうと認められる重要な部分とみるべく、結局右の錯誤は右和解契約における要素の錯誤であり、右和解契約はこれにより無効であるといわなければならない。

(なお被告らは訴外中山が被告池田および原告大木英美の委任により、強制保険による保険金五〇〇、〇〇〇円の支払いを受け、これを同原告に弁済提供したところ、受領を拒絶されたので、これを供託した旨主張するが、右のとおり和解契約が無効である以上、右の供託は原告らの被告らに対する債権の消長に関し何ら影響を及ぼさないことはいうまでもない。)

五、過失相殺

<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができる。

本件事故現場の道路は幅員五、七五米の歩車道の区別のない簡易舗装道路であるが、立原は被告車を運転して右道路のほぼ中央を北方から南方に向い毎時約二〇粁の速度で進行中、進路前方数米ないし一〇米の左側を自転車に乗つて同一方向に進行する被害者を発見し、まもなく被告車がその右側を追い抜くような態勢になつたが、立原はそのまま被告車を進行させても安全に被害者の右側を追い抜くことができるものと考えて同一速度で進路をやや右方にとりながら進行した。他方被害者は本件事故地点の手前で前示のように被告車が被害者の右側を追い抜こうとする態勢で後方から進行接近してくるのに気付き、一旦地上に足をついて停止した後振りむいて被告車の方に注意を払いながら進行した。ところが、被告車の前部が被害者に追いつきわずかな間隙をおいて併行したところ、ちようどその位置の道路左側に幅約一二米、長さ約二八米、深さ約一〇糎の水道工事跡の舗装が欠損したでこぼこ部分があつたため、被害者は自転車をそのでこぼこ地の進路右側端部分に乗り入れて、自転車の平衡を失つて右側に倒れかかり、被告車の左側ドア下部附近に接触して地上に転倒し、よつて本件事故に至つた。

右事実によれば、被害者としては、自転車より高速の被告車が後方から自転車を追抜こうとしている以上、できるだけ進路を左側にとつてこれとの接触を避けるべく、そのためにはただ後方の被告車の進行状況にばかり気を取られることなく、自己の進行すべき前方道路左側の状況を確認し、これにより前方に右のような不整地があることを発見すれば、その手前で停止して、被告車が追い抜くのを待つてから進行し、もつて被告車との接触の危険を回避すべき注意義務があるものというべきところ、被害者は被告車にばかり気を取られて進路前方の確認を怠つた過失があり、このため右のとおり自転車を右不整地部分に乗り入れて被告車に接触するに至つたものであり、この過失も本件事故の一因であるというべきである。

これに対し立原としては、運転上の安定性に乏しい自転車を、幅員も十分に広くなく、従つて被告車の進路を右に寄せる範囲も限られている右道路において追い抜こうとするに当つては、追い抜き時の接触の危険を回避するため、自転車の進路前方の道路状況を確かめて、自転車が充分に左側に避譲しえ、その際自転車が平衡を失うような障害がないかどうかを確認すべく、もつて右のような不整地の存在を発見すれば、自転車が安全な位置に避譲するかあるいは無事にその不整地部分を通過するまで追い抜きを見合わせるべき注意義務があるものというべきところ、立原はこの注意義務を怠つたものであり、この過失によつて本件事故を惹起したものというべきである。

右立原の過失と被害者の過失とを対比し、被告車と被害者の運転していた自転車との運転上の加害の危険性の大小を併わせ考えると、双方の過失の度合は概ね被害者三に対し、立原七の割合とみるのが相当であり、被告らが被害者側に賠償すべき損害額を算定するについては、右を斟酌すべきものである。

六、損 害

(一)  被害者の得べかりし利益の喪失

<証拠>によると、被害者は昭和二三年一〇月一二日生れ、当時満一三才で中学二年に在学中の健康な男子であつたことが認められ、厚生省発表の第一〇回生命表による同年令の男子の平均余命は五四年以上であることから推して、被害者も本件事故に遭わなければなお右と同程度は生存しえて、昭和九三年三月には中学を卒業し、同年四月一日から五四才の昭和七八年三月三一日までの三九年間に亘つて職業に就いて収入を得たであろうと推認される。

ところで、<証拠>によると、昭和三九年当時の東京都内の事業所における中学卒業者男子の初任給の平均は金一〇、〇〇〇円を下ないことがら認められ、また給与所得者の給与月額は年令とともに上昇するのが一般であることは公知の事実であるところ、右初任給を前提とし、昇給額を一六才から四五才までの間は毎年金一、〇〇〇円宛、四六才から後は毎年金八〇〇円宛とし、年毎に右昇給額を加えて算出した原告らの主張する別紙計算表④欄掲記の各年令毎の給与月額は、東京都在住の中学卒業者男子一般の者の将来あげうべき給与月額として高度の蓋然性を有する数額と認められる。(即ち、右給与月額は、前出甲第一三号証による東京都労働局調査に基づく昭和三八年七月当時の東京都内における中小企業(資本金三、〇〇〇万円以下、従業員三〇人ないし二九九人の事業所)を対象とする中学卒業者男子のモデル賃金(正常に中学を卒業した者が当該事業所の現行の賃金規定および昇給事情のもとで、将来普通の能力と勤務成績で標準的な昇進をつづけるならば、一定のモデル条件のもとで基準内賃金がどれくらいになるかを調査したもの。)の数額および前出甲第五五号証による中央労働委員会事務局の賃金事情調査に基づく資本金五億円以上従業員一、〇〇〇人以上の会社における中学卒業者男子労務者の年令構成別全産業平均の給与月額に比し、相当低い数額であつて、これは中学卒業者男子一般の者の将来得べき給与月額としてはかなり控え目な数額ということができる。)また給与所得者に対しては通常就業初年度は年末一回、その後は夏期と年末の年二回宛各々一月分の給与額を下らない賞与が支給されるものであることは公知の事実である。(これについても各賞与を給与一月分として算定する原告らの主張は極めて控え目なものということができる。)

他方、右のような収入を得るために必要な生活費としては、生活費は年令および収入の増加に伴い絶対額は上昇するが、それと共に、特に将来妻子を養育するに伴い、収入に対する比率は漸減するものであることは経験則上明らかであることに鑑みれば、原告らの自認する、昭和五〇年三月(二六才)までは収入の八割、その後昭和五五年三月三一才までは収入の七割、その後は月収が金四〇、〇〇〇円未満の月は金一六、〇〇〇円、月収(賞与のある月はそれを含めて)が金四〇、〇〇〇円以上の月は金四〇、〇〇〇円以上の部分につき金一〇、〇〇〇円に達する毎に右金一六、〇〇〇円に金二、〇〇〇円を加算した額は、右記の程度の収入のもとにおける一般男子の生活費として相当な額というべきである。(右により推計すると年毎の生活費は別紙計算表⑦欄のとおりであり、その年収に対する比率は年々漸減して、三一才当時で五割五分弱、四〇才当時で四割二分強、五〇才当時で三割八分弱、五三才当時で三割六分弱となるが、その各年令時における収入額と予測される家族構成員の増加に鑑みれば、各相当な比率ということができる。)従つて右によつて計算した年毎の収入(別紙計算表⑥欄)から年毎の生活費(一、〇〇〇円未満切上げ、同表⑦欄)を差し引いて得られる年毎の純益額(同表⑧欄)は、これまた東京都在住の中学卒業者男子一般の者の得べき純益額として高度の蓋然性を有するものということができ、右年毎の純益額からホフマン式計算方法によつて年五分の割合により昭和三八年三月三一日を基準日としてその後の中間利息を控除し(一、〇〇〇円未満切捨、同表⑪欄)てこれを合算すると、別紙計算表(収入残額一時払額合計欄)のとおり金三、三四三、〇〇〇円となることが計数上明らかである。

以上により右の金三、三四三、〇〇〇円の数額は、被害者と同年令の東京都に在住する者一般の将来挙げうべき利益の右基準日における現価として蓋然性ある数額であるが、成立に争いのない丙第七号証の一ないし三および原告尹本人尋問の結果によれば、被害者は東京都に在住する中学二年在学中の者であつたが、学校における学習成績および性格評価は中程度以下であり、欠席日数も極めて多く、怠学が目立つていたことが認められ、この事実から推測される被害者の知能、性格等に鑑みるときは、被害者の将来の収益についても、同年令の者一般と同程度の収益を挙げえたか否かに疑問がないではないから、被害者が将来挙げうべき利益の右基準日における一時払額として高度の蓋然性ある数値を求めるためには、これを右に算出した一般的数値のおよそ八割に当る金二、六八〇、〇〇〇円程度とみるのが相当というべく、被害者は本件事故により得べかりし利益の喪失として同額の損害を蒙つたものというべきである。そして前記の被害者の過失を斟酌すると、このうち被告らに賠償を求めうべき額はそのほぼ七割に当る金一、八八〇、〇〇〇円をもつて相当と認めるべく、被害者は被告らに対し同額の損害賠償請求権を取得したものである。

そして<証拠>によると、被害者には配偶者、子がないのはもちろんその母大木記代はすでに死亡し、事実上の父である原告尹も法律上は父ということはできないところ、原告大木寿実男、同英美、同賀寿義、同尚、同美子はいずれも被害者と母を同じくするその兄姉であり、従つて被害者の死亡により被害者の権利を各五分の一宛の相続分をもつて承継取得したものと認められ、これによれば右原告らの取得したのは被害者の右請求権の各五分の一である金三七〇、〇〇〇円宛(原告らの計算方法に従い一〇、〇〇〇円未満切捨)である。

(二) 被害者の慰藉料

原告尹を除くその余の原告らは、死亡した被害者がその生命を害されたことによつて蒙つた精神上の損害に対する慰藉料請求権を同原告らが相続した旨主張する。

よつて判断するのに、元来死者が自分の死亡により精神的苦痛を蒙り、これによつて損害賠償請求権を取得するというのは、余りにも技巧的な構成であつて不自然であるのみならず、仮に同原告らの主張するところを、被害者が致命傷を受けたことにより蒙つた精神上の苦痛に対する慰藉料の請求と解しても、かかる精神的苦痛というのは高度に個人的、人格的色彩の強い、他に移転しえない法益の侵害に基づく損害であるというべく、その賠償のための慰藉料請求権は、その本質上譲渡性および一般債権者のための共同担保適格を有しないことはもちろん、相続の対象ともなりえないと解すべきである。そして被害者が事故に基づく負傷により死亡した場合は、被害者の一旦取得した権利を相続人が相続するというのではなく、被害者の最近親者たる父母、配偶者および子らが被害者自身に対する慰藉をも含めた趣旨において、独自に固有の慰藉料請求権を取得するというのが、民法第七〇九条ないし第七一一条の合理的解釈であると考えられる。

もつともこれら近親者の蒙つた精神的損害と被害者本人が蒙つた精神的損害は別個であるとして、近親者固有の慰藉料請求権と並んで別に被害者本人の慰藉料請求権を考え、その相続をも認めることは、一見遺族の保護を厚くする所以であるように見えるのであるけれども、遺族の保護のためには、この固有の慰藉料の額の算定に当り、遺族の精神的損害とともに被害者本人の精神的苦痛をも充分に斟酌してその適正を期すればたりるのであつて、請求権の二本立てを認めることはいたずらに法的構成を複雑にし権利関係を難解錯綻させるにすぎない。そして本件の場合のように被害者に父母、配偶者、子がなく、これら以外の者のみが相続人となるような場合にも、被害者との関係において特段の事情のある者については、民法第七〇九条、第七一〇条によりあるいは、同法第七一一条の準用により、前示の近親者の有すると同様の固有の慰藉料請求権が認められるのであり、(本件において後に判示するとおり原告尹に固有の慰藉料請求権が認められるのは、正にこのような場合としてである。)右の理は被害者に父母、配偶者、子がある場合にも理論的に異るところはないが、(これら近親者がいない場合には右法定の近親者以外の相続人となるべき者に右の固有の慰藉料請求権を認むべき特段の事情が肯認される場合が多いであろうから実際上被害者の死亡により固有の慰藉料請求を取得する遺族が全く存在しないような事態はさほど多いものとは思われない。)原告尹を除くその余の原告らのように、叙上のような特段の事情の認めるべきもののない相続人が、慰藉料請求権を相続しえず、また固有の慰藉料請求権も認められないからといつて、それはもはや遺族の保護の問題ではないというべきである。(そのような者について被害者の消極的損害の相続が認められることで充分である。)更に右のとおり慰藉料請求権の相続を否定することは、被害者が死に比肩すべき重傷を受けたが死亡するに至らない場合に、被害者とその近親者とに併せて慰藉料請求権が認められうることあるいは被害者が受傷による慰藉料を受領した後に受傷が原因で死亡した場合との対比において、不均衡のようであるが、前者においては、もともとそのような場合に近親者について固有の慰藉料請求権が認められるのは例外であつて、(民法第七一一条の反対解釈)この例外的場合に両者の慰藉料請求権が並存することは、被害者がなお生存している以上、あえて異とするに足りず、後者については、被害者が既に受傷による慰藉料を受領したことは、死亡による遺族の固有の慰藉料額を算定するにつき当然斟酌されるべきであろうから、実質的には彼此均衡を失することはないのである。

要するに、慰藉料請求権の相続性を否定しても、実質的には遺族の保護に欠けるところがあるものとはいい難く、しかも請求権を並存させることによる権利関係の理論的実質的錯綜(たとえば相続性を肯定すれば、何故に民法第七一一条所定の者が被害者の慰藉料請求権を相続しながら、さらに当然に固有の慰藉料請求権が認められるのかは論理的にかなり困難な問題であるし、実務上多く見られる遺族が固有の慰藉料のみを請求する場合と、固有の慰藉料と相続した慰藉料とを併わせて請求する場合との慰藉料額の均衡に苦慮せざるを得ず、あえてこの均衡を計ろうとすれば、この両者を各別に前後して訴求した場合の取り扱いに困難な問題を残すことになる。また相続性があるなら譲渡性もあるのか、譲渡性を認めないとすれば何故に相続性を認めながら譲渡性を否定するのか、譲渡性を認めるとすれば債権者からの代位権行使や差押えなども認めるのか等解決を迫られる多くの難問が生ずる。)による困難は、その相続性を否定することにより一挙に解決されるのである。

以上のとおりであるので、右原告らが、被害者の取得した慰藉料請求権を相続により承継取得したとの主張はそれ自体理由がない。

(三)  原告尹の慰藉料

<証拠>によると、原告尹は、昭和一〇年頃以来亡大木記代と内縁関係にあつて、同女との間に原告尹を除くその余の原告らおよび被害者を儲け、被害者が本件事故により死亡するまでその事実上の父親として(同原告が被害者の事実上の父であることは原告らと被告池田との間には争いがない。)被害者を手もとにおいて養育監護してきたものであることが認められ、右事実によれば、同原告は被害者の死亡により甚大な精神的苦痛を蒙つたものというべく、しかも被害者との関係において民法第七一一条所定の近親者にも比肩すべき特段の事情のあつたものとして、右苦痛を償われるべき同原告固有の慰藉料請求権を取得したものと認めるべく、この慰藉料の額は、前示本件事故の態様等諸般の事情を考慮し、さらに前認定の被害者の過失を斟酌すると、金七〇〇、〇〇〇円をもつて相当と認めるべきところ、同原告が本件事故に基づき被告池田から既に受領した金二九〇、〇〇〇円を右慰藉料請求権の額から差し引くべきことは同原告の自認するところであるからこれを差し引くと、被告らに請求しうべき残額は金四一〇、〇〇〇円である。

(四)  弁護士費用

以上により原告らは被告ら各自に対し、原告尹において前記(三)の金四一〇、〇〇〇円、その余の原告らにおいて前記(一)の各金三七〇、〇〇〇円の各損害賠償請求権を有するものというべきところ、被告らがこれを任意に支払わなかつたことは弁論の全趣旨から明らかであり、<証拠>(原告らと被告池田との間では弁護士報酬規定の部分については成立に争いがない。)によると、原告らはこの請求のため、東京弁護士会所属弁護士坂根徳博に対し訴訟提起を委任し、同弁護士会報酬規定による報酬額の標準中最低料率による手数料および謝金を第一審判決言渡日に支払う旨約したことが認められ、右規定によると原告らの右請求権の合算額金二、二六〇、〇〇〇円に対応する手数料および謝金の最低料率は各八分であるから、これにより計算すると、原告尹は手数料、謝金各金三〇、〇〇〇円(原告らの計算方法に従い一〇、〇〇〇円未満切捨)の合計金六〇、〇〇〇円、その余の原告らは手数料、謝金各金二〇、〇〇〇円(同様に一〇、〇〇〇円未満切捨)の合計金四〇、〇〇〇円の各債務を、同弁護士に対し、本判決言渡日を支払日として負担したものというべきところ、本件事案の難易、前記認容額等諸般の事情を考慮すると、本件事故に基づく弁護士費用としてその原告らの損害として被告らに賠償を求めうべき金額は、各原告につき右認容額のほぼ一割に当る各金四〇、〇〇〇円をもつて相当と認めるべきである。

七、結 論

以上のとおりであるので、被告らは各自、原告尹に対し前項(三)と(四)の合計金四五〇、〇〇〇円、その余の原告ら各々に対し前項との合計金四一〇、〇〇〇円、およびこれら各金員のうち、前項(四)の損害を除く原告尹に対する金四一〇、〇〇〇円、その余の原告ら各自に対する金三七〇、〇〇〇円につき、その損害発生の後であること明らかな昭和三八年四月一日から各完済に至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるものというべく、原告らの請求は右の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。(吉岡進 羽生雅則(転任につき署名押印できない)浜崎恭生)

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